謹賀新年

あけましておめでとうございます

以前Twitterにあげたお話ですが、削除してしまったので供養のためにこちらに載せることにしました

謹賀新年大晦日。二十三時。
「悪人には仕事納めとかないのかね。まぁ、俺も人のこと言えないけど」
ビルの屋上の年季のはいったコンクリートの上に寝そべり、ライフルのスコープを覗きながら、獠はため息をついた。
吐く息が白い。
「え、そしたら冴子さんも悪人みたいじゃない」
香も獠の隣に頬杖をついて寝そべり、階下の人気のない道路を見つめながら答える。
「違うのかよ」
獠は冗談とも本気ともとれる笑顔を見せる。

早朝、獠は冴子にたたき起こされた。
簡単な依頼だったので、先にOKを出したのは香だった。
男の乗っている車を事故らせればいいだけ。テロリストの男。日本にいることがばれてはいけない男だそうだ。なので白日のもとにさらせば、あとは冴子の思いのまま。
俺はどこにいるのが正解なんだろーね。
香を連れてきたのは、いつ出てくるかわからない男をどれだけ待てばいいのかわからないので、話し相手がほしかったから、ということにしておいた。
人を殺すところを見せるわけじゃない。

「ターゲット、こないねぇ」
かれこれ2時間はこうしているだろうか。
ターゲットは東京でニューイヤーテロを計画しているらしく、幹線道路を避けて、通るルートはわかったが、時間が特定できず待つしかない状態だった。
冴子の依頼なんてこんなのばっかり。
香はアスファルトの屋上にあおむけで寝転ぶ。
吐く息は白いが、例年に比べると気温は高い。風がないせいかもしれない。
遠くで除夜の鐘が鳴りはじめた。
「そっかー。今日は大晦日か」
星空を見つめていた香の顔が少しだけ綻ぶ。
「なんだよ。気持ちわりぃな」
「ふふ。なぁんか昔を思い出しちゃった」
それから香は、誰に言うでもなく話しはじめた。
シティーハンターになる前の年末年始。
こたつの上のミカンを食べながら一人で観る紅白歌合戦。テレビの中の煌びやかさが逆にしらけること。
一人で聞く除夜の鐘。テレビの中のカウントダウン。
いつもは早く寝るけれど、大晦日だけはなんだかそわそわして早く寝ちゃいけないような気がして。だけど別に何もなくて。
遠くで聞こえる除夜の鐘を聞きながら眠りについた。
いつの間にか帰ってきてた父親と兄も、元旦の早朝から新年のあいさつもほどほどに出勤していく。帰らない年もあった。
「年末年始って一人でいるのが当たり前だったから、今年は紅白見られなかったけど、こういうのも、なんだか楽しいなって」
……連れてきて正解だったな。

ピピ
香の腕時計のアラームが短く鳴った。
一月一日零時。
「あけましておめでとうございまぁす!」
獠がスコープを覗きこんだまま言う。
「り、獠? どうしたの!?」
「新年の挨拶だよ。今年もよろしくお願いします。パートナーさん」
「あ、ああ。こちらこそ。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
香は律儀に姿勢をただすと深々と頭をさげた。アスファルトの上に、遮るもののない月明かりで影ができている。
「俺も日本に来るまで、年越しなんて考えてもいないくらい……あ、ちょっと待った」
遠くから車のエンジン音が聞こえてくる。
ターゲットの車だ。搭乗者は3人。運転手と助手席、助手席の後ろに1人。
獠のライフルから射出。
弾は前輪に被弾し、バーストしたタイヤにドライバーはハンドルの自由を奪われた。車は計算されたであろう弧を描き、ほぼ垂直に曲がり、冴子の指定したビルのガラスに頭から突っ込んだ。
テナント募集の張り紙が破けて宙を舞った。
ビルの奥で派手にガラスの割れる音が聞こえる。衝撃で搭乗者が全員気を失っているのが、薄暗い街路灯からでも見て取れる。火は出ていない。
間髪入れずパトカーのサイレンが響く。
ちょっと早すぎだろ。と、獠は唇の端だけで笑った。

ライフルを片付けながら、
「この近くに神社あったよな? よってこうぜ」
「え、本当? 行きたい!」
階下でくるくる回るパトカーの赤色灯を見ていた香が振り向く。
「お守り買っちゃお! 家内安全? 商売繁盛? 交通安全? 何がいい?」
「なんでもいいけど、おみくじはひかねぇの?」
「おみくじはいい」
香は立ち上がると、服についた砂を払った。
「なんで?」
獠はライフルを背中に担ぐ。
香はにっこり笑って答えた。
「運命はどうにでもなるでしょ?」
そして踵を返すと非常階段に向かって歩いていく。
へへ。ホントこえぇ女。
獠は香の後を追って歩き出した。

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