Dearest Love ①

僚はいつもあたしに何かを言いかけて、やめる。
 
言いづらいこと?
 
訊いていいのかな? もしかして、まさか、違うよね?
 
「あのさ」
 
ほら、また。
 
大抵そういうときは、2人のとき。
 
言いづらそうに、視線をはずして……
 
あたしが次の言葉を待つと、ちょっと間をおいて話をそらす。
 
もう6年も一緒にいるから、
そのポーカーフェイスの裏で何を考えているのかだいたい察しがつくようになったのに。
 
だから、この感じは仕事のことでもお金でも女性関係でもない。
 
まさか、違うよね? コンビ解消とかじゃ、ないよね?
 
 
今更、そんなこと、言わないよね?
 
 
 
 
 
 
 
カララァン。
喫茶店の扉のカウベルが乾いた音をならす。
香はいつものように伝言板をみた帰り、キャッツによった。
香の他に客はいない。
店にはカウンターの中に美人店主が一人いるだけだった。
 
「どうかした?」
 
喫茶店の美人店主が首を傾げて香の顔を覗き込む。
香にコーヒーを淹れる。
左手の薬指のリングが窓ガラスに反射した午後の日差しを浴びてキラリと光る。
「ん? 別に……あたし、いつもと違う?」
美樹はサイフォンから目を逸らさず口を開いた。
「ちょっと、元気がないみたい。冴羽さんと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩はしてないけど……ねぇ、美樹さん、最近僚に変わった様子、ない?」
「そうねぇ、ここに来るときは相変わらずだけど?」
「そう。ならいいの。海坊主さんは?」
「買い出しに行ってるわ。本当は私が行きたいんだけど……」
美樹は結婚式の日に撃たれたあたりをさすった。
「傷がひらいたら困るからって」
はぁ~。
香は無意識にため息をこぼしていた。
「美樹さんって愛されてるわね~」
「あら、香さんだって、愛されてるじゃない」
香は首を左右に激しく振った。
「まさかぁ! ウチは相変わらずよ」
「そんなことないでしょ? あの日、いい雰囲気だったってファルコンが言ってたわよ」
香は奥多摩でのハグを思い出し、顔が真っ赤に染まっていった。
「う、海坊主さんて美樹さんには何でも報告するのね」
「何でもじゃないと思うけど、香さんたちのことなら私も気になるしね」
この美人店主は邪気がないだけ幼く見えるなぁ、と香は思う。
「ホントにウチは何も変わってないのよね~」
 
 
あの湖畔で言った「愛する者」とは何だったのか……な?
今から考えると、やはりあれは種族維持本能だったのか……
あの人数のクロイツ親衛隊とやりあった後だったもんなぁ、そりゃアドレナリン出し放題だったよねえ。
 
 
 
 
 
 
キャッツから帰って玄関を開けると、ナンパに出かけているはずの僚の靴がそこにあった。
香の心臓が跳ねる。なんでいるのよ。
どこからか「おかえりー」と呑気な声が聞こえてきた。
僚がリビングから出てくる。
「あ……」
「な、なかったわよ、依頼」
僚がまだ何か言いたそうだったので、香は「洗濯しなくちゃ」と誤魔化し脱衣所に向かった。
洗濯機の中で渦を巻く泡を見つめて香は深いため息をつく。
こんな時間から洗濯して、夜までに乾かないよな。
 
これは確実にあたしに何か言いたいことがあるのよね。
それもわりと早急に。
でもそれは僚にとって言いづらいことで、
ということは聞いたらあたしが動揺するか反対するってことがわかってるってことで、
 
ということは……やっぱり。
 
香にとって絶対に聞きたくない言葉が頭の中に浮かび、否定するように首を左右に振る。
「おまぁ、なにしてんの?」
いつの間にか背後に立っていた僚が、ニヤけている。
「べ、べつに」
「香、あのさ……」
「ああ! 今日ね、野菜の特売日だったから、たくさん買ってきちゃった! だから……だからカレーにするわね。野菜沢山、お肉少なめだけど、何か食べたいものとかあった?」
「何でも食うけど、ちょっといいか?」
「あ、それがね、買い忘れちゃったものがあって、急いでいかないとタイムセール終わっちゃうのっ。ごめんね、すぐに帰ってくるからっ」
香は僚の脇をすり抜けると、財布と鍵だけをもってアパートを飛び出していった。
僚の顔が見られない。
「買い忘れたものなんて、ないよ」
どうしよう。夕食は逃げられない。あたしが帰らないわけにもいかないし。
二人きりになりたくない。
今度二人きりになったら、絶対に言ってくるような気がする。
 
 
パートナーを解消する……
 
 
なんでだろう?
 
僚はいつからパートナーを解消することを考えていたんだろう?
きっかけはなんだったんだろう?
あたし、何かしちゃったのかな?
いつもと変わらないと思っていたのはあたしだけ?
あの時、クロイツ親衛隊に捕まったままで、脱出しようとしなかったから?
僚のためなら死を選ぶと言ってしまったから?
重荷になっちゃったのかな?
 
僚の気持ちを初めて言葉にしてもらったとき、
あの後、2人の関係はほんのちょっとでもいい方向に向かっていくんだと思ってた。
新宿に帰って来たら、いつもの生活ですっかり元に戻っちゃったけど、それでもいいと思ってた。
 
 
でも、僚の心の中では違っていたの?
 
 
香が絶望と戦っていると、対向車線の歩道を金髪碧眼白スーツの堕天使が呑気に歩いているのを見つけた。
僚だったら飛びつきそうな美女でも見向きもしないが、隣に男性がいるだけでどんな女性にもウインクしている。あいかわらずだ。
「ミーーーックッ!」
香が両腕を振り上げて呼びかけると、それに気がついた堕天使はとろけるような笑顔になった。
 
 
 
 
「……で、なんで、お前がここにいるわけ?」
キッチンから漂うカレーの香が、リビングで待たされている男二人の鼻腔をくすぐる。
今日のカレーもきっとおいしい。
「いやぁ、カオリがオレのためにカレーを大量に作るからって、お招きいただいたのさ」
僚はあえて『俺のために』を無視した。
「かずえちゃんは、どうしたんだよ?」
「来月発表する論文書くのに、ここ二週間教授宅にこもりっきりだよ。で、外食ばかりじゃダメよって、カオリが、オレに、愛の告白を」
「ふんっ。メシに誘っただけだろ。そのスーツにカレーをぶちまければいいんだっ」
 
夕食は3人で楽しく食べられた。
食後にデザートだ、コーヒーだとミックを引き留めたが、とうとうネタがつきてしまった。
ミックにもいちよう仕事があるのだ。
 
香はミックを見送った玄関でため息をついた。
「なぁんでミックなんか呼んだんだよ」
いつの間にか背後に立っていた僚に、香の体が硬直する。手足が冷たくなっていく。
「だ、だから、それは外食ばかりだってミックが……」
言いながら僚の脇をすり抜けようとしたが、腕をつかまれた。
「なんか、最近おまぁ、おかしくない?」
香は思わず目を伏せる。
 
「あたしは……あたしは、いつもと同じよ……」
痛いのは、掴まれた腕なのか心なのかわからない。
「香?」
 
「……おかしいのは、僚のほうでしょ。今日だって、ナンパにもいかないで家にいたし」
でも、それはあたしに言わなくちゃいけないことがあったからよね?
僚の漆黒の瞳の奥に、一瞬怒りの色が煌めく。
「おまぁは俺のこと、ぜんっぜん解ってねーんだな!!」
「な……」
「俺はお前と」
「き、聞きたくないわよっ! 頭が痛いから寝るわねっ、おやすみ!」
香は僚の腕をふりはらい、自室に駆け込むとドアを勢いよくしめ、わざと大きな音を立てて鍵をかけた。
僚にドアの鍵なんて意味がないことはわかっている。ただ、入ってくるなという牽制の意味だ。
 
 
 
俺はお前とのパートナーを解消する
 
 
 
聞きたくない。絶対最後まで言わせちゃダメだ
 
 
 
 
……わかってる。
 
これはただの時間稼ぎだ。どうしよう。どうしたらパートナーとして認めてもらえるの?
がんばっているつもりだったけど、やっぱりダメなの?
 
……わかってる。
 
本当はパートナーなんて僚にはいらないのよ。もともとシティーハンターはバディシステムだって、ミックもいってたし。
 
 
ただ、あたしがアニキを殺したのが自分だと思い込んでる僚の罪悪感につけこんで、パートナーぶってるだけ。
僚にとっては親友の妹で、長く一緒にいたから家族みたいに思ってるのかもしれないけど、
僚は家族がどういうものなのかもわかってないから、あたしに何かを強く言えないのよ。
 
 
あたしは、どうしたら僚の隣にいられるの?
 
 
 
 
つづきまーす。
 

 

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