I Wish…

夏の終わりの夕暮れ時。
ビルとビルの隙間から見える太陽は、ガラス窓をいたずらに反射してその存在を主張していた。
街路樹のセミが都会の喧騒に負けないようにと最期の大合唱をしている。

 

本日二度目の洗濯物を屋上から取り込んで薄暗くなったリビングをのぞけば、相方が昼寝をしていた。
ついさっきまで、イチゴシロップをかけた大盛りのカキ氷を貪っていたのに。
クッションを枕にして、フローリングの上で大の字になっている。

背中、痛くないのかな?

日中はまだまだ暑くて、ナンパもうまくいかないらしい。
長袖のジャケットを着て、汗だくで帰ってきた相方に思わず笑ってしまった。
上手くいかないのは、暑さのせいだけじゃないと思うけど。

 

リビングは夕闇の涼しくなってきた風が抜けて、レースのカーテンを揺らしていた。

取り込んできた洗濯物をソファにおいて、その中から白いタオルケットを抜き出すと、相方にそっとかける。
相方は静かに寝息を立てていて、身動きひとつしない。
隣にしゃがみこんで顔を覗き込む。
こんな呑気な顔をして昼寝をむさぼっている男が、世界№1スイーパーだなんて誰が信じるだろう?
あたしがスイーパー志望だったら、ここで一発で仕留められるわ。
右手を拳銃の形にして、眉間に人差し指で照準を合わせてみた。
しばらくそうしていても、相方は起きる気配がない。それどころか口端がにやっと笑った。
大都会の片隅で、あなたはどんな夢を見ているのかしらね?
きっと起きたら「腹へったー」って言うから、何か用意しておこうかな。スイカなら冷蔵庫に冷えてるけど、それともトウモロコシを茹でてあげようかな?

 

昨夜、相方は一人で仕事をしていた、と思う。
飲みに行くと言っていたけど、確かに帰ってきたときお酒の匂いがしたけど、目が違った。
あたしが起きていたことに少しだけ驚いていたけど、それすら隠そうとして酔ったフリをしていたけど、あたしが何か言うたびに、怯えた仔犬みたいな目をしていた。
わかっているのに。
あなたが闇に紛れて仕事をしたことで、その先の沢山の命が救われた。法では裁けない悪人を始末したのよ。
でもやっぱりあなたは優しいから、大勢の人を助けたことより、一人の人間を殺めた罪悪感にさいなまれている気がする。

このまま時間が止まってしまえばいいのにね。
もう、誰も殺しの依頼をしてこないように、あなたの大きな優しい手を血で染めなくていいように……

 

なーんてね。

時間が止まっちゃったらスイカもトウモロコシも食べられなくなっちゃう^^

二人とも歳おいてしわくちゃのおじいちゃんとおばあちゃんになっても、このままここで、同じ時間を感じて一緒に生きていたい。
セミの声はもうじき、鈴虫の音色に変わる。
やっと見つけたあたしの居場所だもの。ずっとずっと、二人で四季の変化を感じていくのよ。

そうだ。スイカは夕食後にして、起きたら甘いトウモロコシを一緒に食べよう。

立ち上がると、テーブルの上のカラになったガラスのお皿をもって、キッチンへと消えていった。

 

 

寝ている相方は、おぼろげに気配を感じていた。

自分を起こさないように、気を使ってそっと歩く足音。
洗いたてのタオルケットの優しい感触。先ほどまで陽に照らされていたタオルケットはちょっと熱いけれど。
そこからしばらく隣にしゃがみこんで様子をうかがっている気配。
何を考えているのやら。

今、目があってしまったら抱きしめたい衝動に駆られるのはわかっているので、寝たふりを決め込むことにした。

 

昨夜、人を殺した。

物心つく前から戦うことしか教えられてこなかった。殺さなければ自分が死ぬだけだった。今更人を殺しても何も感じない、はずだった。
少なくとも日本に来た当初は大丈夫だった。
しかし、親友から託された女と暮らすようになってから少しずつ何かが解けていった。解けて残ったものはチクチクと心臓に突き刺さる。突き刺さって痛いのかと思えば暖かい。
生まれて初めて感じる暖かさに、このままここで死にたい、と思った。そうすれば笑って死ねると思った。
しかし、同時に死にたくないと思った。死んでしまったらこの暖かさを感じなくなってしまう。

それが、幸せなんだと最近気がついた。

俺の幸せはここにあった。

 

 

伸びをしながら大きなあくびをして相方が起きた気配がした。
キッチンで耳を澄ませる。
絶対言うわよ。

「ふぁ~。よく寝た。香ぃ、腹減ったー」

ね。

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました